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2009年2月11日 (水)

「イギリス型<豊かさ>の真実 (講談社現代新書)」 林 信吾

[医療費が無料の国]

 英国では医療が無料である、ということをご存知だろうか。
 本当なのである。NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)という公的機関が、国民に対して、医療を無償で提供している。
 もう少し、具体的に言うと、英国では街中の小さな医院や山村の診療所も含めて、医療機関の大半が公営で、日本の厚生労働省に相当する、保健省という官庁はあるものの、NHS自体は独立して税金で維持される機関である。このNHSが管理運営する病院では、医療費は徴収されない。

 医師の報酬も、NHSを通じて国家から支払われる方式で、もちろんキャリアや専門性によって差はあるが、おおむね高級官僚なみの「給与」を得ている。もっとも英国では、どこかの国のように官僚が優遇されてはいないのだが。

 当時の仕事仲間や友人は、総じて、
「自分や家族が病気になっても、お金の心配はしなくていのは、実に素晴らしい」と
語っていた。

 ある英国人女性は、二年ほど前にご主人を大腸ガンで亡くしたときの経験を語ってくれた。ご主人は二度におよぶ大手術を受けたのだが、その甲斐なく、ホスピスで最後の日々を過ごした後、永眠したという。

 その費用は、すべて無料だった。彼女はNHSほどありがたいものはない、と言う。別の男性は、同僚の四歳になる娘さんが、免疫がなくなってしまう難病にかかった話をしてくれた。その子はおよそ半年をかけて、数次にわたる最先端の手術を受けた結果、普通の生活が送れるようになった。
 日本だったら、とんでもない金額になったことは間違いない。

 しかも、英国人だけが無償の医療の恩恵に浴しているわけではない。
 ロンドン時代に知り合った、つまりは在英経験のある日本人に聞いて回ったところ、かなりの確率で英国の医療機関の世話になっていた。ほとんどの場合、風邪程度のことだったようだが、中にはバイクにはねられて入院したり、痔の手術を受けたという人もいる。 「お金がないから医者にかかれない」という人は、英国にはいない。

 あらためて考えてみると、これは大変なことである。
 
 そうかと思えば、いや、日本人から見れば・・ということなのかも知れないが、こんな「医療」まで無料で本当によいのだろうか、と思えることもある。

 やはり知人の英国人男性から聞かれた話だが、彼の親戚の娘さんが、十代の前半から、胸がおおきすぎることに非常なコンプレックスを抱いていたそうだ。で、とうとう小さくする手術を受けた。という。

 日本人の、まだ若い女性ジャーナリストにこの話を聞かせところ、たった一言、
「もったいない・・・」とつぶやいていた。そういう感想を聞きたかったのではないのだが。

とは言うものの、「本当になにもかも無料なのか?」と問われたならば、答えはノーである。
まず、薬代は取られる。NHSでは定額制になっていて、処方箋一通につき7ポンド10ペンス取られるという。1ポンド=200円で計算してみると1420円だ。

[財源は消費税]
 英国では医療が無料である、という話をすると、まず例外なく、日本人の口からは「素晴らしい」「うらやましい」といった感想が聞かれる。しかし同時に、かなりの確率で、「財源はどうなっているんですか?」
という質問を受ける。そんな時、私は決まって、こう問い返す。
「日本の消費税に相当する、VAT(value-added tax=付加価値税)というのがあるんですが、この税率、どれくらいだと思いますか?」
・・これまで正解できた人はいなかったので、さっさと発表してしまおう。17・5パーセントである。
 これでまず、大いに驚かれるのだが、
「それでもまだ、ヨーロッパ大陸諸国に比べれると、安い方なんですよ」
と話を続けると、聞かされた側はまず例外なく、信じられない、という表情を見せる。しかしこれは事実なのだ。

 付加価値税は、英国においては1973年にEC(欧州共同体)に伴って導入された。
 当初は、贅沢品に対しては12.5%、一般消費財及びサービスに対しては8%の税率だったが、1979年に「サッチャー革命」の一環として一律15%へと大幅な値上げが行われた。その後さらに、1991年に17.5%へと再度引き上げられ、現在に至っている。

 手元に「The United States Of Europe」という本がある。著者のトム・リード氏は米国人で、「ワシントン・ポスト」紙の元ロンドン市局長である。
 その本の中に、著者がロンドンに赴任して間もない頃のエピソードが出てくる。
 娘さんがピアスの穴を開けたところ、翌朝、耳たぶが腫れて痛み出したという。ロンドンの地理も何もわからなかったので、とりあえずタクシーに乗り、パディントン駅近くの病院に駆けつけた。
 そこで応急処置と、今後のケアについて医師からの説明を受けた後、著者は米国で身についた習慣通り、小切手帳を取り出した。すると看護師だか職員だかの女性スタッフから、
「請求書は出ませんから、小切手は必要ありません」と言われ、大いに驚いたという。
著者によれば、米国でも同等以上に適切な医療は受けられるが、その場合、まずは複数(診察代や薬代)の、総額数百ドルに達するであろう請求書を受け取り、その後、支払った医療費を取り戻すべく、三ヶ月ほど保健会社と論争を続けねばならないそうだ。

 病院に同行した奥さんは、
「これが17.5%の意味だったのね」
と語った。

 そういうことなのだ。英国の医療は、本当は無料ではない。ただ、昨今の米国や日本のように、万事を自己責任と位置づけてしまう、新自由主義の生き方とも、明らかに違う。お金がなくて医者にかかれない人などいない社会であり、そのための財源は、できるだけ皆に平等に負担すべき、という「高福祉・高負担」の考え方である。

□今日の読書 ★★★★★

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