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2009年1月27日 (火)

[苔の話―小さな植物の知られざる生態] 秋山 弘之

[信じがたいコケ屋の存在]
 「コナカブリテングタケ、レアもんですよ。かっこえー、かっこえー、これはレアだ」 ちょっと珍しいキノコを前にアルヤマさんが思わず生き物屋的な反応を見せていた。

 マルヤマさんの縄張りである、奈良に遊びに行くことにした。人付き合いの広いマルヤマさんのこと、せっかくだからと、知り合いの生き物屋に声をかけてくれた。おかげで、キノコ屋のみならず、虫屋、ヘビ屋・・とフィールドを行く一行は二十名以上にふくれあがる(いくら何でも声のかけすぎ・・・)これだけの人数、しかも集まったのが生き物とあって、行動にまるで統一性がない。一方で珍しいキノコが見つかったと言って喜んでいるかと思えば、片方では朽木の中からオオゴキブリが出て来たと言って、声をあげている。そんな集団の中に、一人、とりわけ僕の目を引く生き物屋がいた。腰に大工さんが使う道具入れのようなキャンバス地の袋をさげている。その袋の中には、何枚もの紙包みが入っている。ほかには水の入ったスプレービンと、お好み焼きのこてのようなガムはがし(駅などで、床に張り付いているガムをこそげ落とすのに使っているやつ)などが入っている。彼は、時々立ち止まっては、地面から何者かをむしり取り、それをルーペでじっと長めていた。それは、僕がはじめて野外でみる「コケ屋」の姿だった。

 虫屋や貝屋は何となくわかるとして、コケ屋という病の存在はご存知だろうか。

[ストーカーになってみた]
 「コケって、どうやって見たら種類がわかるんですか」
 かつて一度だけ、コケに詳しい人に聞いたことがあった。野外ではなく室内でのことだった。それも宴席での立ち話。ちょっと声をかけてみた、という程度のものだ。

 コケにも種類がある。それくらいのことは、さすがに僕も知ってはいた。コケの種類を識別するのは、とてもむずかしそうだ。似たような姿のものが多いし、葉っぱも小さくて、特徴がみにくそうだし・・・

 「胞子体とかがついているときじゃないと駄目なんですか?」
 後述するが、季節になるとコケの葉の間から胞子体と呼ばれるものが、姿を現す。俗に「コケの花」とも呼ばれているものだ。そんなコケの花みたいなものがついているときなら、多少は種類の特徴が現れるのかもしれない、そう、思ったのだ。

 コケは生き物屋の僕にとっても、身体性を伴う関係が結びにくい相手だと思っていた。しかし、コケは「まずい」ものだ。しかも「とってもまずい」らしい。この手があったか、と思う。口にするというのは、もっとも原初的な生き物とのふれあいの手段である。
 こんな話を聞いてしまったら、コケを食べてみたいという気持ちになるではないか!

[コケ屋という病にかかる]
 「オオカサゴケが、とりわけまずい」
 キムラさんはより具体的な話しもしてくれた。オオカサゴケって、どんなコケ? どんなところに生えている、どんなコケなのかさっぱり知らないけれど、その名前だけは、僕の中にしっかりとインプットされた。

「コケはね、標本を入れておく紙包みのほうが虫に食われても、コケ自体は虫に食われないんです。植物標本には、普通、防虫剤が欠かせないでしょう。でも、コケの標本には防虫剤なんて必要ないんです」

「コケは下等植物と言われてしまうけれど、大昔に出現して、その後長い間、生き残ってきたということでしょう」
 コケの長い進化の歴史こそ、すなわちコケのまずさの証かもしれない、なんて話にもなる。
 コケって、すごいかもしれない、と思ってしまった。

 やや専門的になるかもしれないが、ここで生物学的なシダとコケの違いを紹介しておこう。秋山弘之氏の『苔の話』(中公新書)には、両者の違いについて、次のような点がる。あげられている。

コケ(蘚苔類)には水を地面から吸い上げるための根がない。
コケ(蘚苔類)は水や栄養を運ぶ維管束をもたない。
コケ(蘚苔類)は水分の蒸発を防ぐためのクチクラ層が発達していない。

一言で言うなら、コケはシダに比べて、体の作りがいまだ原始的な植物だということだ。コケとシダを間違える・・・病の初期症状の頃には、こんな初歩的な間違いもつきものだ。

 蘚類と苔類の違いは、胞子体にある。すなわち胞子がしっかりるのが蘚類で、胞子体が柔らかいのが苔類だった。ナンジャモンジャゴケの所属に議論が起こったのは、発見当時から長い間、ナンジャモンジャゴケの胞子体がみつからなかったからだ。

 キムラさんが死にかけたのは、ナンジャモンジャゴケの産地の一つ、ボルネオ、キナバル山でのことだった。
「キナバル山で、ナンジャモンジャゴケを、三人で探してたんです。あそこはスコールが多いでしょう。探している最中、スコールにあったんです。沢沿いでナンジャモンジャゴケを見つけて、うまいこと採れて、満足して、さあ帰ろう・・・と。その途中で沢を渡るんですが・・・」

 その沢は、普段は靴がぬれる程度にしか水量がない。しかし、スコールの後である。三人のうち、キムラさんともう一人が石を伝って対岸に跳び移ったそのとき、濁流が急に押し寄せてきた。沢はその先で、断崖を落ちる滝になっている。流されれば命はない。最後の一人はまだ、沢の途中の石の上だ。
 「僕ともう一人が肩を組んで、僕が手を伸ばして、最後の一人を引っ張り挙げました。一瞬の判断です。それをしなかったら、死んでたでしょう。もしあと三分、余計にコケを採っていたら、三人とも日本に帰れんかったでしょう。

□今日の読書 ★★★★★



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