「昔、革命的だったお父さんたちへ―「団塊世代」の登場と終焉」 林 信吾,葛岡 智恭
[団塊世代、かく戦えり]
1955年の第六回全国協議会において、共産党の指導部はそれまでの武装闘争路線を「極左冒険主義による誤り」であったと自己批判したのである。
では、代わってどのような路線が掲げられたかと言えば、選挙での議席の獲得に力を入れる一方、組織拡大の手段として、合唱やフォークダンスの集会に労働者・学生を集めようというものであった。
これ以降、共産党の活動は「歌ってマルクス、踊ってレーニン」と呼ばれるようになるが、それまで命懸けで戦ってきた党員たちにしてみれば、笑い事ではなかった。暴力革命思想を教え込まれ、爆弾製造教本である『球根栽培法』だの、テロ・ゲリラ戦教本というべき『栄養分析法』などといったテキストまで配布されていたものが、突然フォークダンスで盛り上がれと言われたのだから、混乱しない方がおかしい。
そして、この翌年にスターリン批判、翌々年にはハンガリー動乱が起きた。今度は「労働者の祖国=ソ連」という幻想が打ち砕かれたのである。
この時期、真面目に革命を考えていた若者たちが味わった思想的混乱と失望感は、その後、幾多の文学作品にも描かれた。代表的なものとしては、柴田翔の芥川賞受賞作『されどわれらが日々』などがある。
[内ゲバ]
それ以前は、当事者間でも「内ゲバ」という意識があり、責任は全面的に相手方にあると考えていたにせよ、仲間割れはよくないことだというに近い意識も、どこかに残っていた。リンチはあっても、うごけなくする程度でよいという「節度」があった。
暴力の本質論から言っても、殴り合いと殺し合いとでは持つ意味が違う。相手の存在そのものが許せないという確信がない限り、人の命を奪う行為を、そうそう正当化できるものではない。
しかし、相手方を反革命だと決め付けた時から、それは内ゲバではなくなる。これもすでに述べた通り、反革命を殺すのは正しいことだ、との意識までは、すでに存在したからである。
第三者・部外者からみれば、同根の社会主義団体同士が、なぜ殺し合わねばならないのか、と思えるが、この段階から中核・革マル両派の抗争は、内ゲバではなく戦争になっていたのだ。
[新左翼運動の終焉]
1972年に入るとまずは連合赤軍事件が起きる。
さらには内ゲバが激化し、活動家学生は安心して家にも帰れない状態となった。アジトに集団で寝泊まりし、中核派の場合など「背広・靴を身につけたまま寝るように」といった内部通達が出されていたという。
この時期から、高校生や中学生の間では、無関心・無気力・無感動の「三無主義」が言われ、社会と関わりを持ちたがらない若者が増殖していく。この問題は、
「学生運動など、うかつに関わったら殺される」
という意識が蔓延したことと、どうも無関係ではなさそうに思える。
この年の11月には、内ゲバの方向性を決定づけるもうひとつの事件が起きた。革マル派による、早大生リンチ殺害事件である。
早大はもともと革マル派の拠点校だったが、1969年から70年にかけて、政経学部のヘゲモニー争いで社青同解放派にテロ攻撃を加え、追い出してからは「単独支配」が続いていた。学内では、他党派の学生が公然と活動できないよう、革マル派の部隊が常にパトロールしていたのである。
[年金の壁]
年金をちゃんともらって、孫に囲まれた安楽な老後を……多くの人がそう考えていたところ、バブル崩壊以降のおかげで、どうも雲行きが怪しくなってきた。人数において圧倒的な団塊世代が、一挙にリタイアして年金生活に入るには、財源が足りない。
ならば働き続けるのがよいかと言うと、高度経済成長の時代とは違い、企業戦士がそれほど大勢必要な時代ではなくなってきている。より若い世代でさえ仕事がないのに、会社一筋に勤め上げた団塊世代に、満足な求人があるとは考えにくい。
こうしたことから「団塊世代お荷物論」がささやかれることにもなるわけだ。
2007年前後に、団塊世代が一斉に定年を迎えるわけだが、そうなると近郊の住宅地は、もはや働かなくなった60代であふれ、図書館やなんとかセンターの類も、彼らを「収容」しきれなくなる。年金の問題だけでなく、彼らに十分な福祉を与えるだけの「体力」が日本にはないのだ。
しかし、一方では楽観論もある。
団塊世代が一斉に退職するということは、企業から見れば大量リストラと同じ効果を生む。しかも解雇でなく定年退職だから波風も立たない。
さらには、彼らが退職金などをそれなりに消費に回してくれれば、景気浮揚の原動力になることも十分期待できる。
前者の「お荷物論」は、主として官僚によって唱えられ、一方、財界には楽観論を唱える人が多いと聞くが、これについては、どちらも不確定な要素が多く、先のことはまだちょっと分からない。
ひとつだけはっきりしていることは、段階世代自身が、
「とにかく、自分たちの年金だけなんとかしてくれ」
という態度では、実は何も解決しないことである。
□今日の読書 ★★★☆☆ 著者:林 信吾,葛岡 智恭
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